奈落のそこでじっと我慢?

湿っぽい話ですが、当時の私は完全にどつぼにはまっていたように感じていました。聴けない。聴けないから参加できない。参加できないから話さない。悪循環でした。どこから打開していけばいいのかも分かりません。ただただ大量のインプットに身をさらすだけでした。まさに井の中の蛙が自分から大きな湖の中にぴょーんと飛び込んだようなものですから、仕方ありません。

  • この時期一番難しかったのが、自分でする英語学習です。とにかく日中英語だらけなので家に帰るともう英語も見たくない・聴きたくないという時期がしばらく続きます。好きだったペーパーバックも手にする気すら起きないことがしばしばです。それでも続けられる範囲と量でやめないようにはしました。
  • 正直、この時期には何をどうしていたのか、こと英語学習については殆ど覚えていないくらいです。ただ、会社のほうから英語学校のプライベートレッスンを週に2時間受けさせてもらっていました。それが唯一リラックスして話ができ、自分の英語を見つめることのできる時間だったことを今でも覚えています。
  • 少しずつ光が見えてきたのは転職して3年くらい経ったごろからです。業務の流れも少しずつ分かり始め専門的な用語も大体わかってきたころです。要は内容の部分がわかり始めたからです。それと、それまでに積み上げてきたであろう膨大な英語のInputがお互いに助け合い少しずつですがはっきりと上達し始めてきているのが分かるようになります。
  • うちのような外資に3年いるというのは、日本企業のアメリカ支社に3年派遣されるよりもずっと英語へのExposureは大きいものです。その意味でInputは膨大でした。
  • もうひとつは2年経ったころ、韓国のある会社とのJoint Projectを任され、殆ど一人でその商品企画の交渉にあたったことがひとつの自信になりました。当時そのProjectは殆ど完了しており会社側は後始末程度と考えていたらしく、私のような下っ端が起用されたのですが実は結構な仕事となり、その分キャリア的にも私はラッキーでした。